2025年10月17日
コラム
KAIT広場@神奈川工科大学
今回、改めてこの建築家(石上氏)のクレイジーさ(いい意味で)と、この建築を実現してしまった(いい意味で)関係者各位の判断と尽力に対して、本当に感服した。
10年来、建築雑誌を見ることがほとんどなくなった。かといってそれらの情報に全く無頓着というわけではなく、日々、建築設計業を営んでいれば否が応でも目や耳に入ってくる情報も多く、この度はそれらの中で印象に残っていたプロジェクトの竣工を知り、遅ればせながら見学した次第。
近年は特に、建築を訪れる際には、事前に資料などできる限り見ず読まず、体感・実感することを心掛けている。その後、いくつか資料を読んでみては、体感したこととの違いを見つけ、アレコレ思案するようにしている。
結論から言えば、なるほど、いややはり、とんでもないスタディと実現への苦労の賜物なんだな。当たり前ながらそういうことを理解した。
事前に写真で見た限りでは、まずもってどう施工したのか、風雨に曝露された過酷な環境下での鋼板敷屋根ということで、断熱を入れているのかとか、構造的な解決が分かりやすく見えるのか見えないのか、あるいは頑張って見えないようにしているのか、居心地はどうか、等々の疑問があった。建物の四面全てが表に晒された、死に面のない建築。
外周部に大きな基礎を設けてアースアンカーで引っ張り、鉄骨の片持ちである程度までは屋根を出しておき、残った部分は鋼板を溶接.....まではなんとなく想像が付いたのだが、細部はもちろん分からないし、この複雑な曲面、極めて非線形な形や構造を本当にどう実現したのか等、訪れる前には凡人の疑問だらけ。
実空間を体験した今言えるのは、それらは全くもって些末な考えだったということだ。そこにあったのは用途不明の、新しい環境。
私が訪れたのは過酷な日差しが肌に痛い、完全な真夏日だった。屋根の開口部から入り込んだ風が壁を這うように通り抜けて行き、従って外周部は比較的涼しく、開口部を伴う範囲に近づくにつれ熱くなるという、強烈な日差しの下ならではの極端な熱環境を味わった。見学者数や時間の制限もあって、まばらな人ではあったが、多数はやはり 外周に面して座していただろう。
人というのは自然の中、例えば公園のような場所においては寒暖や涼しさ、心地よい光の暖かさ、明るさや暗さ、地面の起伏等、環境の状態に呼応して、経験的、身体感覚的に居場所を決めることが多いと思う。
隣接するKAIT工房(こちらは再訪)の、視覚的には繊細な(というのも実際には無垢の鉄なのでカタイ)細い柱が乱立する、木立のような空間とは対照的な、何にもない無柱空間。
KAIT広場は樹木や地被植物のない人工的な場なのに、その居 方は自然環境に近い。冬にはランダムに穿たれた開口部から落ちる光のもとに人が集うだろう。大きなワンルームの中で、それは本当に不思議な光景だろう。まさに環境的な建築だ。
建物自体の大きさに比べ、超絶に薄い屋根と大面積の無柱空間という、建築を嗜んだものであれば誰しもが夢想し、またスケッチしたことがある(はずの)「現実には有り得ない、柱のない大きな面積の空間」が、視覚的な信じ難さを持って体験できる。
開口部に関してはタレルの部屋のキレを想ったし、緩勾配の傾斜には思わずパリ市内を歩き疲れた時の記憶、ポンピドゥーセンター前の傾斜を想い起した。これらの所感は強ち的外れでもないようで、見学の感想をググれば同じような見解を持つ方もいる。
透水性アスファルト敷で仕上げられた床もその色調も、粋な判断だ。内部と外部、自然と人工といった対比ではなく、それらの中間的な領域づくりが徹底されている。細部にわたって、初心を実現させるための並々ならぬ意思を感じた。
…というわけで、クレイジー(いい意味で)な建築のお話。
■技術的なこと
日本鉄鋼連盟
https://www.jisf.or.jp/business/tech/steeldesign/documents/steeldesign38.pdf
■余談
①隣接する野球場からのネットを越えたボールが開口越しに飛んで入ってきている模様。あの矩形の開口部からボールが飛んできて…なんてたまったもんじゃないけども、ここは外だから仕方ない。
②消化器の窓台への設置については賛否両論あると思われるが、この具体でありながらも抽象的な建築を前に、地域消防署の一見解でこの空間体験を失うことはあってはならないと思ったし、不特定多数とはいえ入場者の制限と使用用途の制限がある(ありますよね?)以上、可燃物が持ち込まれ設置されることは、「常時はない」と考えられるはずなので、隠蔽処理も致し方なし、また処理も秀逸。
③屋根開口部に手の届く箇所でほんの一瞬(0.5~1.0秒)ほど全体重をかけてみたところ、当然ながら屋根はまったくビクともしない強靭さ。
※事前に注意があったようです。屋根にぶら下がらないよう注意喚起を確認しましたので厳禁。施設管理者の方々、本当に申し訳ございません。
■見学について
ご興味のある方、ぜひご見学ください
https://www.kait.jp/events/178.html
(村重 談) 2023/8/25